今日は天気も良く暑いくらいでした。朝は室内で過ごしました。年長Rちゃん、年中AくんEくん、年少Kくんが、いつものように部屋を作ってそこでお絵描きをしたり、ごっこ遊びを楽しんでいました。
しばらくすると、年少Kくんの泣き声がしました。どうしたかなぁ…と、思ってみて見ると、年中Aくんがすごく怒っていました。どうやら嫌なことをされたようで…。怒っているAくんは、しおと目が合い「やばい!」という、表情にはなりました。が、Kくんに対して言い続けることは終わらず、そのまま嫌だった気持ちを伝えていました(やばい!と、思ったのは怒られるかも?という気持ちの表れです。それでも言い続けたという事はそれだけ,嫌だったり悔しい気持ちがあったのでしょう)。
ある程度伝えたら落ち着いたのか、「そういう事したら、嫌でしょ。悲しい気持ちになるからやらないでね。怒っちゃってごめんね」と、冷静に伝えてるAくん。この発言にビックリです!
隣にいた、年長Rちゃんも「K、怒ってごめんね。でも、嫌なことをするのはヤダからね」と、優しく伝えていました。
Kくんも落ち着いたようで、納得して泣き止みまた、皆んなで遊び始めようとしたタイミングで頭を撫でてあげる年中Eくん。Eくんは3人がやり取りをしている間は、隣にはいましたが絵を描いててその中には入っていませんでした。でも、終わった後ちゃんとKくんをフォローする姿が見られて、行動だけ見たら「知らんぷり?」と、思ってしまうかもしれないけれど、絵を描きながらちゃんとやり取りを聞いていたし、Eくんは Eくんでやり取りの中に入って入っていたんだな…と、思いました。
保育者が入る事なく、子どもたちの力で解決できるその姿を見てとっても嬉しかったです!終わった後も何があったのかは一切聞かず「皆んなだけで、話し合いして、ごめんねって自分たちから言えてすごいね!嬉しかったー」と、だけ伝えました。
大人が見ると、年上の2人が年下の子1人をいじめてる?と、疑う場面ではあると思います。でも、それは年齢や状況という条件だけで見た、大人の固定概念。そこをフラットにして子どもの姿と一人ひとりの気持ちを考えてみると、まずは見守ろうと、思うのです。
しばらく見て、あれ?これは威圧的だな…や、理不尽?と感じたり、何よりその子がどんな子なのかをわかったうえで、声をかけるか、そのまま見守るか…毎瞬,自分に聞いてどう行動するか模索しながらです。
大人の固定概念だけで見るのだけは違うなと、その意識はしっかり持つように心掛けています。
これはダメだ、あれはいじめだと、決めつけてるのは大人。大人の固定概念で、もしかしたら『いじめ』をつくっているのかもしれません。
子どもの判断力、パワーを、信じて信頼できる大人でありたいと思います。
なつこ
